海地獄代表・千壽智明さん

「今は亡き父が『頑張れよ。』と言ってくれた気がして。先人たちに畏敬の念を込めて地獄の歴史を説明できる場所がほしかった。」と力強いまなざしで語る海地獄5代目代表・千壽智明さん。

大学進学で上京後、大手商業印刷会社の営業部勤務を経て、5年前に家業を継ぐために別府に帰郷し、2年前代表に就任されました。

智明さんは千壽家の三男坊。自分が継ぐとは全く想像していなかったと言います。

今回はそんな千壽智明さんのお人柄にフォーカスしながら、海地獄のこれまでとこれからについて掘り下げて、お話を伺ってきました。

千壽さんってどんな人?大切にされていることを教えてください。

「絶対に見てほしい!」と話すギャラリー青にて。
海地獄の歴史について説明する様子

大切にしていることは、「地獄の美しさを伝えること」です。

地獄は全国にたくさんあります。中でも別府は、美しい日本庭園と湯けむりを合わせて楽しめるのが特徴です。「春は桜。秋は紅葉を楽しむ。」と祖母も父も大切に守ってきました。

いざ経営者となり、観光客の目線で「何が足りて、何が足りていないか。」を考えた時、「そもそもどうして観光地として海地獄はできたのだろう?」と疑問が生まれました。

「詳しく調べると、こんなヒューマンドラマがありました。」と千壽さんは楽しそうに説明します。

~海地獄はどうして誕生したのか~

始まりは1910年。

東京在住で資産家だった曾祖父 吉彦さんは、湯治場として有名だった別府鉄輪で保養所をつくりたいと考えました。

当初、100℃以上もある大きな水たまりの周りに柵はなく、うっかり人が落ちたり、牛がおぼれたり、作物が枯れるなど不吉な場所として地元の方は寄りつきませんでした。

しかし、吉彦さんはその神秘的なエネルギーに魅了され、泉源を引いて高級別荘地をつくろうと計画しました。

しかし工事を進める途中、ある出来事が起こりました。なんと道行く人が柵の周りにお賽銭を備えていきました。理由を聞くと、「青くて綺麗だからご利益がありそう。」と口々に答えたんだそう。

この出来事は吉彦さんからすると全くの盲点でした。

これがきっかけとなり、全国初の「湯けむりと池を見て楽しむ遊覧施設」は誕生しました。そうやってしだいに地獄は広まっていきました。

文献によると、日本最古の地獄は血の池地獄、施設としては海地獄が最古となっています。

歴史を説明するパネル 

苦しかったことや乗り越えてきたことについて教えてください。

上)ギャラリー青のベランダから海地獄を説明する様子

「2年前、父が亡くなった時です。高齢でしたが、本当に突然のことでした。」

父を亡くした翌日もいつも通り会社は動かさないといけない。「ここを、皆を守らないといけない。」と強く思いました。一番辛かったのは、意気消沈している職員を前に、「これから頑張っていきましょう。」と話したときです。その後、ボーっと海地獄を眺めていた時、父が湯けむりの向こうから「頑張れよ。」と言ってくれたような気がしました。

それから今の状況をバネにしていこうと、夜間営業を始めたり、イベントを企画したりと新たなことに挑戦してきました。

夜間営業の様子 

工夫している事について教えて頂けますか?

工夫していることは、2つあります。

ひとつは「ショッピングのしやすさ」です。

2年前のリニューアルで物販スペースを大きく見直しました。

それまでは、「什器ごとにメーカーと契約しスペース代をもらう」という一般的な方法をとっていました。そうすると、売る側の自由が利かなくなるというデメリットがありました。

メーカーさんごとに契約すれば管理はしやすくなりますが、お客様の目線になった時に、どうやったら見やすいかを考え、カテゴリーごとに並べる今のカタチになりました。

「小売りの経験はないので職員と相談しながら模索しています。」と話す千壽さん。

店内は、海地獄のプライベートブランドを集めたブース、たまご系、おつまみ系、カボス系とさまざまなメーカーの商品がカテゴリーごとにとても見やすく陳列されています。

売店スペースを説明する様子 

定番を置きつつ、あまり取り扱っていない商品を置くようにしています。

「あ、このお面とか外国の方がおみやげで買っていかれます。」

鬼のお面。

お酒売り場の飾りとして使っていましたが、「お土産にしたい。」って声が多くて。意外にも大きなサイズが売れているんだとか。

2つ目は「思い出してもらうきっかけをつくる」です。

例えば、入場チケットをステッカーにしました。裏面はマップになっています。

服やスーツケースに貼ってくださる方もいます。そうやって一人でも家に持ち帰って、思い出してもらえると嬉しいです。

他にも、「写真を撮りたくなる仕掛け」も用意しているそう。

海地獄の青をイメージしたドリンクやフードを用意し、海地獄をバックに撮影するのが人気です。うちのようなユニークな場所で写真を撮るってことは、どこを切り取ってもオンリーワンになりますよね。「こういったアイディアが職員から積極的に出てくるのは嬉しいです。」と笑顔で話す千壽さん。

左はチケットのデザイン変遷、
右は海地獄のインスタ映えスポットについて説明する様子

千壽さんのお気に入りの場所や見どころを教えて頂けますか?

リニューアルしたときに新設した地獄の文化・歴史を発信する「ギャラリー青」です。また2階のベランダから見る海地獄は全体を見渡すことができて一番きれいだと思います。

海地獄の歴史を知って、湯けむりをみて、100年前、1000年前に思いを馳せてほしいです。

海地獄の施設ガイド

今の別府について思うことはありますか?

良くも悪くもですが、こんなにいろいろなものが動いている市は、全国的に珍しいと思います。若い移住者も増えて、ずっと別府に暮らす人には持ちえないような文化や価値観が入ってきて面白いと思います。

昔ながらのことをする人、斬新なことをする人、みんな思い思いに表現を楽しんで混沌とした感じが良いと思います。

温泉という共通資源を活かして様々なアイディアが生まれる場になればと思います。

最後に施設の今後について思いを教えていただけますか?

「人が人を呼ぶ施設にならなきゃいけない。」と思っています。

昔は一期一会の感覚でしたが、今の時代は来られた方がレビューをする時代です。

箱物自体はお金をかければいくらでもいいものはできるけど、そこを動かす人が大切だと思っています。「目の前の人を喜ばせられる集団」になれたらと思います。

海地獄ってどんなところ?

温泉湧出量、日本一の大分県別府市。別府駅から車でおよそ15分のところに、有名な観光地のひとつに鉄輪地区はあります。

この地には、100年以上続く「地獄めぐり」という楽しみ方があり、海地獄は7箇所ある地獄のひとつです。

海地獄は、別府の地獄のなかで最大の敷地面積があり、水面が海のように美しいコバルトブルーの地獄と日本庭園を合わせて楽しめることが特徴です。園内では、温泉熱を利用してアマゾン地方原産のオオオニバスや熱帯性睡蓮を栽培しており、5月上旬~8月頃までが見ごろです。

取材日 2019年8月28日
取材・執筆:大堂麻里香
撮影:長谷川雄大