貴船城 営業部長・宮内直さん 

「30年間、別府の観光を見守ってきました。」と愛しむように別府の景色を見つめるのは、貴船城営業部長・宮内直さん。

30年間地獄めぐりの初代営業マンをし、観光施設連絡協議会の初代事務局を兼務して別府の観光を支えてこられました。

「特に地獄は自分の庭のようなモノです。海地獄で蓮の葉に乗れるように企画をしたこともありました。楽しかったなぁ。」と嬉しそうに誇らしげに話します。

今回はそんな宮内直さんのお人柄にフォーカスしながら、貴船城の隠れた魅力について迫ります。

別府の観光に携わるようになったきっかけとは?

「就職のタイミングで知人から『地獄巡りの営業をやらないか。』と声がかかりました。もう40年以上前ですね。当時は修学旅行の学生がすごくて、バスが止まり切れないくらいだったんですよ。」と話します。

別府観光のピークは過ぎていたものの、全国から修学旅行生の受け入れなど、問い合わせが絶えず、営業マンを入れたタイミングだったのだそう。

「営業に出ても仕事をとってくるということではなく、『いくらに値切ってくれるか。』って対応ばかりでした。」と当時の忙しさを振り返ります。

入口の虎と龍のこて絵について説明する様子。
安心院のこて職人がつくったものだそう。

ちょっと変わった楽しみ方やお気に入りの場所はありますか?

そうですね~色々ありますよ。

まずは「建物」。この建物は昭和32年に復元された建物です。元々この辺りは松林で、当時植わっていた松の木をつかって再建されたそうです。

日本最古の砦造りという釘を使わない丸太組みでつくられた様式で、お客さまに『上をご覧ください。』というと、見慣れないつくりに「わぁスゴイ!」って感動されます。

日本最古の砦造りで造られた城内の様子。 

お次は「浮世絵」。

なんと、安藤(歌川)広重の東海道五十三次版画が全てそろっています。

当時(江戸時代)の東海道は江戸一京間、53の宿場町と日本橋と京の55枚の絵があります。

東海道五十三次版画の説明をする様子。

3つ目は、「運勢占い」。なんと全て手書き!!

職員の猿渡さんが手書きで、しかも下書きナシで書いているんだそう。

9月頃から来年の運勢も書き始めるそうで、「この占いを見るために毎年訪れる方もいますよ。」と話します。

心のこもったおもてなし。最後の一文字まで緊張しそうです。

2019年の運勢貼紙について説明する様子。

4つ目は守り神「金白龍王」。

体長2m80㎝。6歳。人でいうと40歳くらい。

金運アップの神様とされる色と目が美しい白蛇です。

普段はガラスの外からしか望めない
金白龍王を拝ませてもらった。
夕方になると、温泉につからせて休ませてあげるそう。

白蛇は、金運、健康運をもたらすと言われています。
さらに、貴船城オリジナルのお守りで効果は倍増します!

一番は、「天守閣からみた別府の景観」です。

天守閣からは360度の別府の景観を楽しむことができます。

一番高い場所で遮るものがなく、絶景で有名です。

天守閣からみた別府の景観

最後にこれからの別府について思うことを教えていただけますか?

色々やってきたからなぁ〜難しいなぁ。と照れくさそうに笑う宮内さん。

「鉄輪の湯けむりは一番の財産です。この景色と温泉を見守っていきたいと思っています。」

一時別府は衰退していたころがありました。大手のホテルが倒産するなど。今は海外から注目を集め、盛り上がってきていて、中国、香港、台湾、ヨーロッパの方からいらっしゃっています。貴船城でも外国語対応ができるようにパンフレットをご用意しました。

海外の方は歩いて来ますからね。鉄輪でも、電動自転車がもっと楽に借りられるシステムがあるといいけどねえ。街中でももっと英語表記がほしいですね。

〜おもてなし特典〜

・割引券を取得可能 http://kifunejo.com/

・3階は観覧自由。

貴船城ってどんなところ?

国道10号線から九州横断道路(国道500号線)に入り鉄輪温泉入口の信号を右折。

自動車で3分くらい走ると貴船城の看板があるのでそれに従えば到着する。

貴船城は、別府八湯の中でも随一の鉄輪(かんなわ)温泉郷を眼下に、平安時代末、鎮西八郎為朝*が砦を築いたという伝説のある地、貴船の里に昭和三十二年に建造。型式は、日本最古の砦造りで、全て松の丸太で組み立てられている。場内には、狩能法眼探幽斎の屏風、山鹿素行の武将百巻、尾形光琳素明の金屏風、安藤(歌川)慶重の東海道五十三次版画、藤原常信の近江八景の巻物名武将物絵、山岡鉄斎の書画等数多く展示されている。また、貴船城の守り神である大白蛇神白竜王を奉っている。参拝者には、金運・健康運・開運長命運のご利益があると言われている。天守閣からは、別府湾、四国の山々、仏の里国東半島、後方に鶴見岳・扇山の姿が眺められ、360度の景観は別府随一。

*鎮西八郎為朝は、源為朝で、源頼朝・義経兄弟の叔父。為朝は乱暴者で親から勘当されて、九州に流されて、別府に辿り着き、この地に砦をつくった。そしてその後、この砦を足がかりとして、九州を攻め、吸収を征服鎮めた。それで<西=九州>を鎮めたので、” 鎮西”と名乗ったそうです。

取材日 2019年9月10日
取材・執筆:大堂麻里香
撮影:長谷川雄大